103 系 1500 番台。 JR東日本103系1200番台/1000番台

103系 (ひゃくさんけいまたはいちまるさんけい)とは【ピクシブ百科事典】

(平成4年)に低費用で量産可能な209系が登場するとJR東日本は更新工事を中止し、老朽車の置換えに移行した。 で、冷房装置が車体中心からずれた位置に搭載。 同年4月8日の常磐快速線でのさよなら運転、その翌日の車両展示会を最後に営業運転が終了し、仙石線では最後まで残っていたRT-235編成が(平成21年)10月21日に営業運転を終了した。 JREとしても処分費用がかかる上、特殊構造で輸出も見込めないとなれば渡りに船でした。 電気連結器取付改造• 103系は昭和38年当時、長期間に渡って量産することが前提の大都市圏用通勤形にあっては、回生ブレーキがないなど先進的とは言えない面があるものの、こと 駅間が短い路線用としては充分以上の高性能であると言えた。 但し床面構造が変更されたため厚さが60mm薄くなり、床面高さ自体は存置されたので台枠下面がその分上がっている。 地下鉄線内の33パーミルの急勾配で故障した際に別編成で救援可能な性能を確保するため、編成中両先頭車以外の全車を電動車化した8M2Tの編成となった。

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残りわずか、いまも国鉄103系が走る路線

改造に伴う車両番号の変更は行われず、(昭和54年)度にジャンパ栓が復元され、片町線の101系による新性能化用として淀川電車区に転属した。 4.主な機器類 主電動機の制御方式は抵抗制御方式が採用され、主制御器は0番台で実績のある物を改良したCS20D-G3が採用されました。 モハ103形の(JR西日本)• 3.車内設備 座席はロングシートが採用されました。 2002年 平成14年 より全編成の唐津側先頭車にトイレの設置工事が行われました。 1983年3月の唐津・筑肥線電化(西唐津〜姪浜)、福岡市営地下鉄空港線との相互直通運転開始時に同路線に投入。 (JR西日本) 車両改造工事(機能追加等) [ ] 103系は様々な線区に使用されたこともあり、線区固有の設備を車両に追加設置する工事などもあった。 電動台車は主電動機のMT55形が大直径化したのに合わせ、径は通常の860 mmより大きい910 mm、は通常の2100 mmより長い2300 mmとなった。

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JR東海313系電車

長期量産による初期製造コストの低さ(短期的費用の安さ。 2008年3月に東京地下鉄千代田線で小田急電鉄60000形電車「MSE」が営業運転を開始するまでは、日本の地下鉄でトイレ設置車両が走る唯一の路線であった。 。 オイルショック以後の省エネという観点において回生ブレーキを装備していなかったことの指摘もある上、JR東日本が製造した209系通勤形電車の車内に103系電車との消費電力量比較が掲示されたことと相まって、浪エネと表現した記事も見られるようになる。 塗装はスカイブルー。

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103系1500番台諸元表

今後 現在でも活躍中の103系だが、本形式が最後に引退すると思われていた。 製造名目 [ ] 103系は大量に生産されたが、何の目的で製造されたかという製造名目がある。 改良を加えた量産車が1964年に登場するのを前に、先行試作車は1からの番号を量産車に転用することとなり、1964年3月31日付で900番台に改番された。 クモハ103-3501・クモハ102-3501編成は、体質改善40N施工車で乗降ドアのガラスの支持方が205系と同様であり、ガラス周りに金属フチがない異端車。 夏季の通気性向上のため、運転台下部正面中央にもが追加された。 2505は羽衣線ワンマン運転非対応で、2016年の導入時まで運行され2018年に廃車となった。 しかし、アルミ車体は製造費が高いこともあって301系の製造は56両で終わり、その後は地下乗り入れ用の車両も103系が製造された。

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103系(国鉄)の路線・列車情報・模型(Nゲージ)

また、クモハ103の5000番台は5001を除き2500番台に改番され、その中から3500番台に再改造されています。 単純に編成出力だけを見れば101系の2,400 kWに対し本系列は2,640 kWと大きく、「10両ならば103系は不要で101系でいい 」という意見も存在した。 0番台 [ ] 0番台 クモハ103-131 2004年8月28日 大川駅 基本情報 運用者 製造年 1964年 - 1984年 製造数 3,184両 主要諸元 2. 55 補機 7. 電装品は従来型のものを 主に使用していますが、補機類や車体の構造などは201系や105系に近く、103系グループ の中でも異色の存在です。 同じ冷房装置を搭載する車両でも、各車で送風ダクト本数や室内通風口の位置といった風道構造、の有無などの差を付けた。 2551・2552はパンタグラフ撤去跡に通風器が増設された。 のH21編成幕が掲げられる。 編成組成も組み換えで8M2Tへと改められた(不足分のT車は地上線車の改造で賄われ、トップナンバー3両は余剰となり常磐線へと転属後、早期に廃車となっている) 地下鉄トンネル内での排熱量抑制という観点からは営団5000系のような界磁添加励磁制御への改造が望ましかったが、冷房改造コストを最小限にするためこのような改造はなされていない。

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103系

運転席からの視認性向上のために運転台仕切りの設置と妻面の窓を拡大し、明るい室内を実現。 改造施工は吹田工場とで行われ、前面は播但線用の3500番台と異なり、地上用の103系で初の貫通型となった。 翌1971年以降、冷房装置と扇風機を併用したAU75系としてこれら3社の手で量産が開始された。 モーター数を減らした編成で運転した方が車両新製費用が安いことから、1958年度の新製車からは、10両編成中2両をモーターなしの車両にした8M2T編成で増備されることとなった。 このため、東京鉄道管理局では1972年(昭和47年)の分離後に首都圏の101系を常磐線に集結させ、上野~取手間の快速電車と取手以北へ行く中距離列車の加減速特性を近づけ、同時に松戸電車区の103系0番代を常磐快速線より平均駅間の狭い線区に転出させることが検討された。 はコイルばね台車で、電動車がDT26C形、付随車がTR62X形を装着した。

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JR九州103系1500番台のドア閉動画

力行制御としては既に合格の域に達していたが、抵抗を低い速度で抜ける103系電車との比較では、重い装置を積んでチョッパ制御を力行だけで使うメリットがなく、回生ブレーキとの組み合わせが求められた。 103系トップ 103系電車 103系電車とは 戦時設計の63系 のち73系 電車は4扉・ロングシート・切妻断面のカマボコ車体という通勤型電車のスタイルを登場させ、モハ90000として登場したのちの101系は、駆動方式を釣掛式からカルダン式に代えて新性能化を図り、一部を除き茶色一色であった国電に路線ごとのカラーバリエーションを施すという新風を国電に吹かせました。 地上信号バックアップ形で大型の機器室を必要としないため、乗務員室直後の戸袋窓が復活している。 当初は0番台、1000番台のみが1ユニットを組む形で製造されたが1997年にはワンマン対応の100番台、1100番台やトイレなし、ロングシートの500番台、1500番台も登場している。 最終的にこうした線区での半自動ドアは、20世紀末あたりからは自動ドアに個別の開閉スイッチをつけた押しボタン式に移行することで、ST式のままでの寒地使用の問題点を解消した。

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JR東日本103系1200番台/1000番台

両車とも先頭部への前照灯の増設が行われている。 制御器搭載のモハ103-911 - 913とユニット間の引通線を一部変更したモハ102-911 - 913の合計3ユニット6両が製造された。 3555・3556・3558は運転台側屋根上に冬期架線を増設している。 製造当時、既に常磐緩行線・千代田線直通用としてのが製造されたが、筑肥線は以西の駅間距離が長くも低いため、ブレーキ頻度やの面で電機子チョッパ制御車を導入しても効果や回生制動力が期待できないことから、費用の安い103系が一部設計変更のうえ導入された。 運転台形状はクモハ103形2500番台に合わせた1971 - 73年製造の「1次改良型」とし、新造された運転台妻鋼体を取り付け、乗務員扉や運転台機器は同時期に廃車となったクハ103形を流用している。

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