四面楚歌 書き下し文。 「四面楚歌」の由来となった物語 【意味・例文・年表・歴史地図】

5分でわかる史記!内容や作者の司馬遷、わかりやすいおすすめ本などを解説!

項 こう 王 おう 則 すなわ ち 夜 よる 起 た ちて 帳 ちょう 中 ちゅう に 飲 いん す。 項王泣数行下る。 兵は少なく、食糧は尽きた。 常に之に騎す。 駿馬、名騅。

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5分でわかる史記!内容や作者の司馬遷、わかりやすいおすすめ本などを解説!

姓を項、名を籍、字を羽といい、一般に項羽と呼ばれます。 願大王急渡 - 「どうか大王さま、いそいで渡ってください」。 左右皆泣、莫能仰視。 (そのような名馬です。 常に之に騎(の)る。 兵少、食尽。

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「四面楚歌」とは?意味や由来、使い方の例文&類語をわかりやすくご紹介

今(いま)独り(ひとり)臣(しん)のみ船(ふね)有り(あり)。 兵の数は少く食料も尽きた。 顧見漢騎司馬呂馬童曰、「若非吾故人乎。 使用例としては 「賛同者は一人もなく、私は四面楚歌であった」 「彼のわがままな性格では、おそらく四面楚歌の状態であろう」 などがあります。 (恥ずべきである。 「部長は前回の会議で社長に意見したことで、一気に四面楚歌となったようだ」• 楚歌(そか) - その地方の歌。 」 項王則 チ夜起 チテ飮 二 ス帳中 一 ニ。

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『垓下の歌』項羽 【原文・書き下し文・現代語訳・解説・年表・歴史地図】

虞という名前の美人がいた。 ここで項羽は詩を作ってそれを朗詠するのです。 夜漢軍の四面皆楚歌するを聞き、項王乃(すなは)ち大いに驚きて曰はく、 「漢皆已(すで)に楚を得たるか。 左右皆泣、莫能仰視。 烏江亭長檥船待。 馬童(ばどう)はこれに(項羽に)顔を背け、(漢軍の)王翳(おうえい)に(項王を)指差して言うには、「こいつが項王だ。 いつも項王はこの馬に乗っていた。

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「四面楚歌」の由来となった物語 【意味・例文・年表・歴史地図】

漢 かん 軍 ぐん 及 およ び 諸 しょ 侯 こう の 兵 へい 、 之 これ を 囲 かこ むこと 数 すう 重 ちょう なり。 のちに秦に滅ぼされる)で、項羽はこの楚にある貴族の家柄の出。 」 項王はそこで夜中(にも関わらず)起きあがり、陣の帳の中で宴を張った。 且籍与江東子弟八千人、渡江而西、今無一人還。 「四面楚歌」の意味と語源 まずは、「四面楚歌」の意味と語源についてご紹介していきます。 自ら剣を取り自害します。 是 こ れ 何 なん ぞ 楚 そ 人 ひと の 多 おお き や。

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項王の最期(1)『四面楚歌』原文・書き下し文・現代語訳

兵は少なく、食料は底を尽いていた。 常に之に騎す。 「兮」は音調を整え声を伸ばす時に用いられる助字で、主に南方で用いられた。 常幸従。 虞よ虞よ、お前をどうすればよいのか、いやどうしようもない。

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「四面楚歌」「史記」の読解ポイント

『鴻門之会』の前での項羽の行動は、函谷関の関所を攻撃したりと、攻撃的であり、短気である。 項王泣数行下 ル。 駿馬、名騅。 続きはこちら 問題はこちら lscholar. 左右皆泣、莫能仰視。 常騎之。 左右皆泣き、能く仰ぎ視るもの莫し。

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